半四郎の出世・十右衛門の背後

松井高志 著

聖徒たちへの手紙(上) 江戸を代表する豪商を題材に、ノンフィクション・ノベルの新たな境地に臨んだ松井高志の秀作。長編『半四郎の出世』と短編『十右衛門の背後』の2作を収録。ことに「半四郎の出世」は、ベースが講談の「大岡政談もの」だけに、口調も鮮やかなセリフ回しが楽しめる。

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初版2003年12月25日 ISBN4-944098-44-8 C0093
B6判 220ページ●定価 2,538円(税込)
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半四郎の出世

十右衛門の背後


あとがき

半四郎の出世
 これは、将軍家の旗本となって、五百石を取り、子孫は幕末に至るまで長く栄えたとされる、後藤半四郎秀国という侍の出世物語である。
 讃岐の国・丸亀の在・高野(こうや)村という地に、半左衛門という百姓があった。この男には二人の倅があって、兄の名を半作、弟を半四郎といった。弟の半四郎は、生まれつき身体能力がきわめて高く、力づくとなれば近郷近在の誰にも負けなかった。にもかかわらず、これをいたずらに誇って驕ることもなく、ごくさっぱりとした男らしい性格で、村の者たちみんなに好かれた。この兄弟は揃って親に孝行を尽くし、互いに仲良く暮らしていた。毎日毎日耕作に精を出したし、暇さえあれば、山に入って薪をとり、使い走りなどもして、日夜休む暇もなく働いた。
 が、人にはなくて七癖とやら。この正直者の半四郎にも性癖があり、それは生来非常な酒好きであるということであった。昔の酒呑童子も三舎を避ける、と思われるほどの大酒飲みで、ただ、いくら飲んでも喧嘩などはしたことがないし、第一乱れなかった。したたかに飲んだ翌日でも、家の仕事を怠けるというようなことは全くなかった。毎日よく働き、そうして飲むのをただ一つの楽しみとして、まっとうに日々を送っていたのである。このため、人々はさらに彼をかわいがった。
 さて、この半四郎の親類に佐次右衛門という者がいた。この男は百姓であったが、田地百五十石を所有するという資産持ちで、この佐次右衛門が、伊予・松山の親類宛に五十両という金を送らねばならなくなった。なにぶん大金のことである。
「飛脚を雇うよりも、年こそ若いが、半四郎に持って行かせた方が安心だ」と彼は考えた。そこでこの五十両に手紙を添えて、半四郎に渡した。半四郎は、これを受け取るや、直ちに旅支度をして出かけようとするのを、親の半左衛門と兄の半作は、大いに心配し、
「おい半四郎や、どんなに急用かは知らないが、今日はもう七つ下がり。これから大金を持って夜道を行くのはいかにも不用心だぞ。明日の朝早くに出発することにしたらどうなんだ」と言うが、半四郎は腕に覚えもあり、気も人並み外れて強い。これを聞かず、
「いえ、ご心配いりません。もし途中で追いはぎなどが出てきたら、この手で一ひねりしてくれましょう」と、全く意に介さず、そのまま出発した。
(P5〜6冒頭部分より〜気になるつづきは本で読んでください!)

松井高志(まついたかし)
1960年、愛知県豊橋市生まれ。時習館高校、慶応大学文学部卒。婦人画報社(現・アシェット婦人画報社)『mcSister』編集部に勤務ののちフリーライター。中野講談研究会会員。
個人ウェブログ「絶体絶命」 http://netafull.net/hyperbean/
メール takmat@mb.infoweb.ne.jp

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